4月13日(金)は記念すべき、マロゥテクノロジーズのイベントが行なわれました。
このことに関しては、後ほどじっくりリポートさせていただきます。その中で下記の実験の依頼が掲示板に書かれていたので、当日実際に試してもらう事になりました。
「今日のイベントでやってもらえたらと思うことがでてきました。それは、DPATへの取り込みのときに、この処理の効果が出るかどうかです。差が出ることはありえないはずですけど、ありえないことがいろいろ起きるのが、この世界ですから、一度試してもらえないかと思います。時間がかかるから、無理かな?」という内容です。
ちょうどマロさんが同じCD2枚持ってきていたので、その中から1曲づつ
取り込みました。

ちなみにデータが合っているかどうかファイルコンペアーして確かめてみました。当然データ一致していました。

そして、音を再生して、音の違いを聴いてみる事にしました。
すると、音が違うように感じられたのです。
会場のいた多くの方も、「
違う、違う」と口々に言っていました。
しかし、ここだけで話は終わりません。次の日、西出さんのイベントがあったので、そこに集まっていただいたお客さんたちに、昨日聴いてもらった2つの曲を同じように聴いてもらうことにしました。
すると、「
違うような気もするけれど、殆ど同じ」、「
たいした差は無いな」という意見が大多数でした。井上先生もイベントに参加していただいていたので、「
プロの意見はどうなのか」と思い聞いてました。「
全く同じ訳ではないが、そこまでの差はないな」と、やはりお客さんと同じ意見でした。
何故このような事になったのでしょうか。ただ私はある程度は予測していました。
以前これと全く同じような現象が起こったことがあります。それはエネピッコです。
エネピッコを当てたものと当てていないもので、同じ曲を吸い上げて、音の違いを比較したことがありました。不思議なことに、その時も、「
その瞬間は非常に音が違ったように感じられた」のですが、時間が経つにつれて又違いがわからなくなっていったのです。
これは、あくまで私の推測ですが、
たぶんこの事と同じなんじゃないのかなと思っています。いわゆる、波動的論理です。そして波動的状態というものは非常に水に似ているのです。
「前日に見た水たまりは確かに存在していたけども、翌日そこに行ってみたら、もう消えていた。」「
じゃあ、水は最初から存在していなかったのか」と言えばそんな事はありません。確かに存在しています。波動的エネルギーというものは、「
入っては消え、消えては入る」
幽霊的存在なのではないかと思っています。だから、
「現代の科学を持ってしても捕らえられないものなのではないか」 と思っています。
さらにこう推測すれば、MNNTを噴射したCDは、MNNTから放射されたエネルギーがCDに直接転写され、デジタルデータと共に、ハードディスク内部に取り込まれてそのまま記憶されます。
もう一方のMNNTを噴射されていないCDはデジタルデータのみハードディスクに内部にそのまま取り込まれます。
私が思うに「
波動的エネルギーとは、直接的な物質と時間に対して聞くものではないか」と考えています。デジタルデータに物質という概念はありませんので、おそらくCDに噴射した時間のみ、エネルギーが蓄えられ、ハードディスクに転写され、そのエネルギーは徐々に目減りして行ったのではないかと考えています。
これは、ほとんど推理小説のようなはなしですが、「
もしかしいて、もしかするかも」と思っています。(ヤッターマン的)
例えばジェネシスサウンド・TRYという商品などは、99.9%真水なんです。「
それで水を吹きかけて何であんなに音変わるのか。やっぱり波動的エネルギーを高電圧をかけて転写しているんじゃないか」と思ってしまいます。転写するエネルギーが強ければ、それだけ封じ込めておける時間も長いからです。だから1月ぐらい持つのではないかと。
でも、私にとってエネルギーを長く保存できるかどうかは問題ではありません。私にとっての「オーディオの美学」というものは、「一瞬の輝きこそが大切だ」と思っています。本当にMNNTは音に対して輝いてくれる製品だと思っています。